子どもの頃の忘れられない出来事
小学校低学年の頃の記憶はもう朧げだが、今でも忘れられない出来事がある。
運動会の1週間前のこと。あの頃は春の開催だったっけ。秋だっけ。
年ごとにコロコロ変える小学校だったのであまり覚えていない。
何かの授業で、親に向けて運動会の招待状を書いた。親の名前や家の住所を書く練習も兼ねていたのだろう。作り物のハガキの裏には、「らいしゅうはうんどう会です。見にきてください」とかそんなようなことをでかでかと書いた。
その日の帰り道は雨だった。
私は学校で書いたハガキを落とさないように、傘を差しているのと反対の手でしっかり持っていた。
当時から忘れっぽい性格だったため、ランドセルの中にしまうと母に渡すのを忘れてしまいそうだと子どもなりに気を配ったのを覚えている。
いつも通りの坂を登って、いつも通りのペットショップで寄り道をして。
私はペットショップの店先のウサギを見るのが大好きだった。
ちょっかいを出すと店のおじさんに怒られるので(怒られた経験有)、少しの間見つめるだけ。
湿度のせいか、ウサギのテンションは低かった気がする。
ペットショップを過ぎると、家はもうすぐ。そうそう、お母さんが出て来たら真っ先にハガキを見せなきゃ。
と、そこで気付いた。
ハガキがない!
手に持っていたはずのハガキがない。
反射的に辺りを見渡した。ペットショップの前を確認した。ない。
・・・どうしよう。
半ベソで小学校までの道を引き返した。
どうしよう、どうしよう。
結局見つからず、私は再度家へ向かった。
なんだかものすごく悲しかった。
母にハガキを渡せないことが悲しかった。
そして、自分が今直面しているこのフクザツな状況を、母に上手に説明できる自信がないことも悲しかった。
本当に1人ぼっちのような感覚がした。
数日後。
小学校から帰ると、母は出迎えるなり「招待状届いたよ、ありがとう」と言ってきた。
一瞬何のことだかわからなかった。
あの後、結局招待状のことは母に話していなかった。
もう忘れるしかなかったから。
母はあの時の、しかしよれよれになったハガキを持ってきた。
ハガキには見知らぬ切手と消印があった。
この時私はついに、ことの全てを話した。思ったよりすんなり話せた。
こうして私が落としたハガキは、雨の中見知らぬ誰かに拾われ、切手を貼ってもらい、無事家に届けられた。
郵便のシステムを理解していなかった当時の私ですら、それがどれだけ運命的な事か感覚的にわかった。
この出来事は、大人になった今でもふとした時に思い出す。そして当時のいろんな感情が蘇り、ちょっと切なくなる。
あのハガキを届けてくれたのは、誰なんだろう。